【手繰りよせる真実・8】
「何してんだよ。早く寝ねえと魔法力が回復しねえぞ・・・」
体力と違って魔法力は回復手段が少ない。ホイミ系の魔法ではムリだし、専用のアイテムは高価なものばかりだ。
したがって魔法力の回復はもっぱら自然回復に頼らざるえない。
そのことを熟知するポップが何時までも眠る様子のないダイに睡眠を促すのも当然だが、肝心のダイはベットの上でゴソゴソと細かい作業に没頭していた。
「鎖帷子か・・・どうしたんだ、それ?」」
「バダックさんの使い古しを貰ったんだ。ちょっといじればまだ使えそうだからさ。
少しでも防御力を上げとかないと・・・・・・」
そこで沈黙が訪れた。
「・・・どうした?」
明るく、前向きな声音(こわね)が不意に重く沈んだ。黙々と作業に没頭していた手元もおざなりになっていた。喜怒哀楽がハッキリと出るダイには珍しく、感情が読みにくい真顔で何かに思いを巡らせているようだった。
初めて見る『らしくないダイ』に、ポップもそれ以上は言葉をかけずに見守っていると、「ねえ、ポップ」と、やはり感情の見えない低い声が響く。
「・・・俺、間違ってないよね・・・」
「・・・ヒュンケルのことか?」
「うん」
やはりヒュンケルの生い立ちが気になっていたようだ。
ポップは起き上がり、ダイの横に腰掛け直した。
「俺もヒュンケルと同じで、怪物に拾われて育てられたから・・・だから、『もし』じいちゃんが『正義の味方』に殺されたら・・・俺も正義を憎んだかもしれない・・・悪い奴になっちゃったかもしれない・・・そう思ったら、なんか俺、このままヒュンケルと戦っていいのか分からなくて・・・」
ダイはこれまで勇者は正義の味方であり、『正義は正しい』という言葉を疑わずにここまできた。だが勇者の行いが『結果として』ヒュンケルの不幸を生み出した現実が、迷いを生んだ。
なまじ境遇が似ているために、どうしても感情移入せざるえないのだろう。
現実を知ることで理想が揺らぐ・・・大人になる前の通過儀礼のようなものだ。――そして、『だからこそ』ポップは対応に困る。
ポップとて十五才。酸いも甘いも噛み分けた老人ではないし、かといって師・アバン程人間の機微に聡くも無い。
それでもここは間違える訳にはいかない――
「それは多分・・・『立ち位置の違い』ってやつだ」
「?」
急に耳慣れない言葉を聞いて顔を上げれば、隣の魔法使いは優しい笑みでダイの頭を撫でてくれる。
「ヒュンケルの奴は『正義は敵だ』って言ってたけど、本心はチョッと違うんだ。
あの時の正義は『俺達の側』から見た話しで、奴本人は『正しいこと』をしているつもりなんだよ」
「先生に復讐することが正しいの?」
「お前もさっき行ってたろ、『じいちゃんが殺されたら俺も悪い奴になったかもしれな』って――それは『復讐が正しい』と思うからそうなるわけだ」
分かるような分からないような――でもやっぱり分からない話に大量の『?』マークを浮かべるダイ。
「俺達も相手も『自分は正しい、相手が間違ってる』と思って戦ってる、だから相手の言い分を聞いちまうと迷うことになる――相手の信念に飲み込まれちまうのさ」
「じゃあ・・・俺達が間違ってるかもしれないってこと?」
「さあな?『どっちが正しいか』なんてのは、現実には勝負がついてみなけりゃ分からねえモンだよ。
・・・ただな、俺には一つだけ誓ってやれる『真実』があるぞ!」
ポカンと不安げに見上げてくる弟弟子の頭を、安心させるようにもう一度撫でてやると、優しく言葉を紡いでいく。
「誰かが『間違ってる』と言っても、俺は『ダイが正しい』と言い続けてやる!だから、お前は何の為に戦うのか大いに悩め!
――『勇者の魔法使い』は、何があってもお前の決断に従ってやるよ・・・!」
揺るぎなく注がれる強い響き・・・ダイの胸にわだかまる不安が和らいでいく。
「ポップっ・・・大好き!」
「うわっ、またっ!ひっつくなっ!!」
感情が高ぶったのか、ダイが飛びついてきた。
言葉では足りない分を補うように、溢れる喜びを少しでもポップに伝えようと、小さな身体をすり寄せてくる。
何とか引き離そうとするも、小さくても流石勇者――ポップの力ではビクともしない。
「いいから離せ!動けないだろうが・・・!!」
「いいの、今日はこのまま寝よう!」
甘えっ子モード発動である。以前もこんな事があったが、ポップはダイの『甘え』にはひどく弱いようだ。
一人っ子の反動だろうか・・・男同士で寒いが、せっかく持ち直した気分を損ねる必要もないかと、引き込まれるままにダイのベットに潜り込んだ。
「やっぱ一緒に寝るとあったかいね」
「ガキは体温が高いからなあ・・・」
クスクスとじゃれ合いながらも、互いの温もりに誘われるように眠りの入り口を彷徨い始めたが・・・
「・・・ねえ、誰かいるよ・・・?」
「え?」
ダイの声が低くなり、身を固くするのが伝わる。ポップが跳ね起きそうになるのを制して、ダイは素早く武器を取ると、音を立てぬように扉へと向かう。
バダックの可能性もあるが、それなら気配を決して近づくとは思えない。敵襲であると判断し、ポップもまた扉から離れ、ダイの援護をすべく構える。
息を潜め扉に手をかけるダイ――一瞬だけ視線を絡ませ、準備が整った事を確認すると、「誰だ!」と一気に戸を引いた。
「きゃあっ!?」
「「!!?」」
ムダに可愛らしい悲鳴。何やら扉にミッチリ密着していたようで、開いた拍子にガタガタと転がり込んできたのは・・・
「「マァム!!?」」
・・・どこから見てもマァムだった。
これから救出せんと奪還作戦を練っていた対象の、突然の深夜訪問。
色々な衝撃が混ざり合い、二人は入ってきたポーズのまま固まってしまったが、混乱で頭が噴火したのはマァムも一緒だった。
「ゴゴゴゴ、ゴメンなさい!ふ、二人の邪魔をする気はなかったのよっ!遠慮なく続けてチョウダイっ!」
「・・・続けろって・・・!?」
これはまた珍妙な事を言う。自失から復活して慌てる彼女をよく見れば、何故か右手にコップを持っている。
――ドコからもってきたのか、何故もっているのか・・・ドコのご家庭にも一つはある、平々凡々なガラスコップである。
基本的に『飲む』『汲む』以外の用途は無いはずのコップだが、実は世間にはもう一つだけ使い道があるのを、ポップはふと思い出す。
「マァム・・・何時から聞いてた?」
「ええ、と・・・『大好き』のあたりかしら・・・?」
ポップは記憶を数分巻き戻す――『大好き』と言われて、抱き疲れて、寝床に引きずり込まれて・・・特に抵抗もしないで、じゃれ合っておりましたが――そういうのって世間的に見るとどうなんでしょう。
・・・というより、そもマァムの反応は完璧に・・・
「誤解だ!!」
「き、気にしなくてもいいのよ・・・私、特に偏見ないからっ!」
「うおお!?『個々人の嗜好の問題』で話を終わらせるなあぁあっ!!」
「・・・ねえマァム、『しこう』ってナニ?」
「二人とも仲良くしてていいってことよ」
「だあぁ!ダイは黙ってろおぉおっ・・・!!」
完全にカオスだ。何やらチョッピリ瞳を輝かせて誤解しているマァムと、何も分かってないダイとを前に、全力で誤解を解こうと身悶えるポップが肝心の『何故マァムがここにいるのか?』を知るのは、東の空が少し明るくなってきた頃だった。
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時間は少し遡り、マァムが地底魔城の地下(ややこしい)から復帰したところからはじまる。
「・・・そういうことか」
マァムが地下で発見した『魂の貝殻』に込められたメッセージを一通り聞いたクロコダインは、どこか浮かない顔色で一つ息を付いた。
「ねえ!これさえあれば、ヒュンケルとポップ達が戦うことが回避できるわ!
――やっぱり私達の先生は正しかったのよっ!!」
対照的に浮かれるマァムは、偶然手にした幸運の大きさに、まさに飛び上がらんばかりだ。彼女が見つけたアイテムには、ヒュンケルの養父・バルトスの遺言が込められていた。
アバンがバルトスを見逃し、ヒュンケルの今後の養育を快く引き受けてくれたこと、そして自分の命を奪ったのがハドラーであった事――確かに傍から見れば弟弟子同士の無用の戦いを回避できる内容に見える。
しかしそこは『獣王』――何でも無邪気に信じられるような『甘い』生き方はしていない。
「いや・・・まだ、これはヒュンケルには見せない方がいいだろう・・・」
「――!?どうしてよっ!!?」
懐にアイテムをしまいながら、大きく反発するマアムを制しながら、クロコダインは自分の考えを述べる。
「考えても見ろ、すでに奴は人生の半分以上を復讐に費やしているのだ。今さら真実を告げた所で素直に受け入れるとは限らん――下手に突くと意固地になりかねん・・・ここは正攻法で行くよりも、一度頭に上がった血を覚まさせる方が先だ」
男という生き物は存外頑固だ。特に自分の価値観を否定されることを拒みがちだ。
性急な変革は逆効果になりやすい。
「・・・そう・・・かしら?」
若いマァムに理解は難しいが、それでも真剣なクロコダインの説明を受け、一応の納得のポーズを見せる。
「でも、それならどうやってヒュンケルの誤解を解くの?
正攻法が使えないなら、相当モメると思うけど・・・」
「なに・・・そこは『男ならでは』の解決法がある!」
「ナニソレ?チョッとズルい・・・」
『女』のマァムは納得いかない。だがクロコダインは自信たっぷり笑うだけで教えてはくれないようだ。代わりに再び懐に手を入れると、今度は白い封筒を差し出してきた。
「先程俺の部下が帰ってきてな、ダイ達の居場所が分かった。森の隠れ家にいるそうだ・・・お前さんはソコに『こいつ』を届けてきてくれ」
「何こ・・・れええぇ!!?」
何の変哲もない封筒だが、何気にひっくり返した、そこに書かれる意外な達筆な文字を見て、声が裏返る。
「男はやはり『ソレ』で決着付けるのが、一番角が立ちにくいからな!」
マァムは口をアングリ開ける事しか出来なかった。
【続く】
《あとがき》
「○モが嫌いな女子はいません!」・・・名言だ。どこで聞いたかは覚えてないけど(笑)
もちろん嫌いな人がいるのも知ってますよ。この話は特にそういう描写は避けて書いてますが、たま〜に若干アヤシクなるあるよ。
まあウチはBLサイトなんだから、このくらいのホ○臭さは大目に見てチョ♪
それにしても長兄編が終わらない・・・あと三話くらいで収めたいのだが・・・(汗)